生産などを勉強しました

勉強をしました。大戦末期には、工業生産額が農業生産額をこえました。電力事業も発展して電灯が普及し、工業動力も蒸気力から電力への転換がすすみました。しかし、この大戦景気の底は浅かったそうです。大戦景気のなかで米の価格は上昇していましたが、1918年8月に政府がシベリア出兵を宣言すると軍隊で米が必要になるのを見込んだ商人が米の買い占めに走り、米の価格は前年の約2倍になりました。こうした動きに対し、富山県の漁村の女性の間に米の安売りなどを求める運動がおこりました。これをきっかけに運動はたちまち全国に広がり、ときには暴動となる場合もありました(米騒動)。寺内内閣は軍隊を出動させてやっと鎮圧しました。第一次世界大戦がおこると、連合国側はこれを民主主義と専制主義の戦いであるとし、世界的にデモクラシーの風潮が高まりました。日本では1916年に吉野作造が民本主義をとなえました。吉野作造は、天皇主権の日本では民主主義は主権在民を意味する危険思想になってしまうので、民本主義という言葉を提唱したのです。http://www.senshu-college.jp/